春一番(えーみなさん)
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- 「紙のプロレス」より
プロレスラーの「ものまね」をたずねて
プロレスラーは、その容姿、動作その他の自己表現に関して過剰であるにもかかわらず、「ものまねされにくい」と言っていい。
最近は流行らなくなったとはいえ、プロ野球選手と相撲取りのものまねは「形態模写」の主流であった。日本の3大プロスポーツを野球・相撲・プロレスとすれば、プロレスの“ものまねされ度”の低さは無視できないところである。
考えてみても、馬場と猪木だけなのである。「ぽぅ」と「ナンダ、コノヤロー」だけである。桑野信義のラッシャー木村、ダチョウ倶楽部ウェッの大仁田厚は、ものまねという大きなくくりの中においてはまだ「流れ」みたいなものに数えられるところまでは来ていない。やっぱり、これまでのものまね界で、一流と認められたプロレスラーは、後にも先にも馬場と猪木だけといっていい。
しかし、ここで私ももう一つの重大な事実に気づく。プロレス界が長い歴史の中でたった2人送りだした馬場と猪木が、ものまね全体において「ものまねされ度」のトップである、ということはまことに不思議である。かなり広範囲にわたる年代の男性が、人生の中で一度は「ぽぅ」や「ナンダ、コノヤロー」をマネたことがあると確信する。
「ものまねされ度」の高いネタというのは、ある宿命を背負っている。それは、ものまねのものまねが発生するという点だ。わかりやすい例がコロッケのやった千昌夫のものまね。コロッケ以降、千昌夫のものまねはすべて「千昌夫のものまねをしているコロッケのものまね」になってしまった。
このような現象は、ものまね度が高いほどよく見られるものである。ものまねされればされるほど、ネタ元の本人から離れていくのである。馬場と猪木も例外ではない。馬場が手をひらひらしのようにして「ぽぅ」と言いつつ膝から崩れ落ちる、なんてポーズを本当にとったことがあるのかどうかさえ確かでないし、猪木の「ナンダ、コノヤロー」なんて、この数年間聞いていない。両方とも、誰かが作り上げた、その人個人のものまねの一方法にすぎなかったはずなのだ。しかし、その一方法はさらに重ねてものまねされるにしたがい、いつしか「記号」になっていく。
もう似てるか似てないかは関係なく、その記号となることで「いま、馬場の(猪木の)ものまねをしている」ことが伝えられるのである。
そんな中で、確立された記号をあえて使わず、むしろネタ元そのもののまねを見せてくれるのが関根勤の馬場と春一番の猪木である。
関根は極力「ぽぅ」を使わず、顔や体の表情や、例の額に手をやる以外の仕草でまねる。春一番は「ネー、皆さん――」から始まる猪木本来のしゃべりを最も得意とする。両者ともリング以外の馬場・猪木(たとえばクイズの回答者席での馬場とか、国会で代表質問に立つ猪木とか)をまねることができる。それもそれなりにプローチによっていう点はすごいと思う。
関根も春一番も、このネタだけで日本演芸史に名を残すに値する。関根は馬場以外にも青木功や輪島功一といった一貫したポリシーに基づくものまね芸があるが、春一番は猪木以外のネタを見たことがない。いや、猪木じゃない時の春一番さえ見た覚えがない。春一番、何だろうこいつは。
(消しゴム版画 文とも)